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2024年6月23日 (日)

北 杜夫著 ”どくとるマンボウ航海記” ★


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内容 (1960年初刊)
のどかな笑いをふりまきながら、青い空の下を小さな船に乗って海外へ出かけたマンボウ。
独自の観察眼でつづる旅行記。

水産庁の漁業調査船に船医として乗りこみ、五カ月間、世界を回遊した作者の興味あふれる航海記。
航海生活、寄港したアジア、アフリカ、ヨーロッパ各地の生活と風景、成功談と失敗談などを、
独特の軽妙なユーモアと卓抜な文明批評を織りこんで描く型破りの旅行記である。
のびやかなスタイルと奔放な精神とで、笑いさざめく航跡のなかに、
青春の純潔を浮彫りにしたさわやかな作品。  

 

子供のころ、”船乗りクプクプの冒険“に夢中になったわたしが、
久しぶりに手にした著者の本作は、、、
マグロの調査船に乗り込んだ著者の、図抜けた冷静な観察眼と豊かな表現力、、、
凪の、そして荒れ狂う大海原を航海し、異国の地を、
居ながらにして、心躍りながら極上の旅を愉しみました、、、

★★★★★


以下に本文より心に残った一文を転記します、






翌日、次第にうねりが大きくなってきた。日本の方角は雲がたむろし、
島があるようで無いようで、判然としない。前甲板は完全に波に洗われている。
船首に波がぶつかって砕け散ると、それが無数のしぶきとなって船上を横切る。
波は遠くの方は泥か粘土の作り物のように見え、近づくにつれて生きてのたくって踊っている。
日が雲に隠れ、また現れ、それにつれて、海面は刻々に変化する。その変化は千様であり、
山のそれよりももっと素早く、また荒々しくとりとめなく、一定の規範を有しない。
私はしぶきのこない船尾の甲板に出て、潮騒と風の唸りを聞き、溶岩のうねりのように沸き立つ波頭を
長いこと見つめた。それは原始の溶鉱炉で、最初の生命がこの地球上に生じてきた場所に、
いかにもふさわしく、重々しく鉛色に沸き返っている。


夜半から果然シケ模様となった。
―中略
部屋に戻ると、ここも雑多な転落物で収拾がつかない。私は途方に暮れて、下の段に寝ている
サード・オフィサーを覗き込んでみた。すると破廉恥にもこの男は、牛一頭吞み込んだバイソンが
とぐろを巻いたごとく、何もかもてんで気づこうとせずに寝入っているではないか。
左様か、と私は思った。どうやらこんな事は当たり前のことらしい。それでは慌てるだけ損である。
私は自分もベッドに這い上がり、あとはどうともなれ、物すべて砕け散るがよい、と甚だ残忍な
心境になった。


ここ10日ばかりのうちにも、海はさまざまに変貌してみせた。
海はもともと形がなく、秩序もない無意識そのもののようでもある。誘惑的なその測り方さ。
しかし、夜の船尾に立ち、絶え間ないエンジンの響きの中に風と波の騒ぐのを聞いていると、
このくろぐろとうねる海そのものを拒否せねばならない精神と言うものを私は感じた。
原子の生物が長い過程を経て、海中から陸上へと進んでいったように、無意識から精神が誕生した。


ジェロニモ大聖堂は、バスコ・ダ・ガマのインド航路の発見を記念して16世紀の初めマヌエル一世が
起工し、長い年月を経て完成したルネッサンスを加味した、壮麗なゴシック建築である。
その薄暗く森閑とした内部に足を踏み入れ、ステンドグラスから忍び込む、厚ぼったい光やろうそくの
ゆらめきを見、ひんやりと淀んだ空気を肌に感じると、私のようにかような場所に無縁な者の胸にも
いくつかの観念が浮かんでくる。まず膨大に組み合わされた石材の圧迫を感ずる。
こうした岩石のもつ永続性、その硬い冷酷さと執念は我々と無縁なものだ。
こんなものを立てるから悪魔もまたここに住みつくのではないか。日本の木造建築では悪魔は
リュウマチになるので逃げ出してしまうが、しかし彼の住みつかぬ事は我々の不幸でもある。

 

 

 

 

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