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2023年3月14日 (火)

柴山留美子著 ”ニューデリー少女記” ☆


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内容
父親の転勤に伴い8歳から11歳まで暮らした、今から半世紀以上前のインド・ニューデリーでの
出来事や異文化体験、感じていたこと、その後の帰国子女としての苦悩などを綴ったエッセー。

さらに帰国前に患ったウイルス性髄膜炎が、帰国後長く続いている体調不良の原因で、
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)という病気を発症していたことが最近判明したことや、
新型コロナウイルス感染者の後遺症との関係にも[あとがき]で触れている。



帰国子女という認識がほとんどなかった時代、
少女が多感な成長期の三年間を過ごしたのは、死と隣り合う、底なしの貧しさのインド、
だがそこには、また、マハラジャの途方もないリッチな暮らしぶりもあった。
空を覆いつくすバッタの大群との遭遇、艱難辛苦の旅路の果てにたどり着いた、
今となっては、誰も見ることができないバーミヤンの人知を超えた磨崖仏に直に接するという
貴重な体験を様々に重ね、、、

三年数か月ののち、
東京オリンピック直後に帰国した、ビルが林立する日本には、、、裸足の人はいなかった、、、

幼い少女が、肌で感じた、その目で観た、世界の歴然たる格差、そして、矛盾、、、
ちっぽけな存在にすぎない少女が抱いた、無力感、

身につけざるを得なかった、処世術、、、

この少女の独特な思考は、特異な経験から育まれたものなのだろうか、、、
貴重な体験記からいろいろなことを思い、教えられる得難い一冊、、、


 ・・・・・・・・・・・・・・


著者とは、若い頃しばらくの間でしたが、ご一緒させて頂いたことがあります。
色白のショートカットで、物静かで上品な、とてもきれいなお方でしたが、
その柔らかな微笑みの底には、
しっかりとした強さが感じられる不思議な魅力を秘めていらっしゃいました。


心に残った一文を、いくつか、
本文より以下に転記させて頂きます、








どこの在留邦人の家でも日本にいる時と同じ暮らしをするわけにはいかなかった。
普通に暮らそうとすれば、三、四人は人を雇う必要があった。
洗濯機や掃除機などの家事をこなすための電気製品は、外国から取り寄せなければ手に入らない。
たとえ全て揃えたとしても、年中停電や断水があり、故障しても修理ができないなどという状況では、
冷蔵庫以外はあまり役に立たなかった。


(娯楽の少ないインドの暮らしで)
大人に混じって麻雀をすることで、私はあることを悟った。麻雀は、ついている時は
ほとんど努力しなくても簡単に勝てるけれど、ついていない時はどう頑張っても報われない。
そういう時ヤケになって投げ出したり、勝ち急いだりすると大損してしまうから、
勝てなくても最低負けないように努力すること。どうにもならない困ったことがあるたびに、
私はこの教訓を思い出すようになった。


人々が貧しく小麦や野菜を手に入れるのがやっとという状況を毎日目の当たりにしていたから、
肉を食べられる自分達は恵まれている、という思いもあった。
料理された肉が出てくるということは、どこかでその動物が殺されているわけで、
それを私たちは思い出さないようにして食べているのだ。本当に殺生が嫌なら、菜食主義どころか、
ジャイナ教の人たちのように虫を踏み殺さないために道を掃きながら歩かなくてはならなくなる。
でも、本当に何者をも殺さないで生きていくことができるのだろうか。
インドでは動物の死、そして人間の死でさえとても身近なところにあった。今にも餓死しそうなほど
痩せ細った人たちや、弱り切って地面に横たわっている老人を街の中でよく見かけた。
一歩郊外に出れば、牛やロバの死骸にハゲワシが何十羽も群がって食い荒らしている光景にも
出会った。死んだ物、死にそうな物を見ないで暮らすことはできなかった。
勝手口のニワトリを見るためにかわいそうだと思った。でも、同時に美味しそうだと思う私もいた。




私はインドにいる頃、人間にとって理想の社会とはどういうものだろうと考えることがあった。
インドでは、食べるものも着るものも、住む場所さえなく
貧しく不衛生な暮らしをしている大勢の人々がいた。
働くために学校に行けない子供達や、差別されている人たちがいることが当たり前の社会であった。
動物と人間の違いはどこにあるのかと、真剣に考えたこともあるくらい、生きているのが
やっとという人々がいつも目の前にいた。それに比べて日本はどうだろう。
命に関わるほどの貧しさを目にすることがほとんどないし、字が読めることが当たり前の社会だ。
目に見えない差別はあるにしても、カースト制のようなあからさまな差別はない。
完全ではないけれど、日本には平和で豊かな社会がある。
私は自分がその平和で豊かな日本に生まれたことを幸運だ、と改めて思った。
けれどもその幸福感は長くは続かなかった。



少し前までいたインドでは、インドとパキスタンや、インドと中国の関係が悪化していることや、
それがアメリカとソ連の冷戦と無関係ではなく、もしどこかで戦争が起きたら、
ニューデリーにいる自分たちはどうなるのか、という不安が頭のどこかにいつもあった。差し迫った
脅威があるというわけではなかったけれど、世界の情勢と無関係ではいられないと思っていた。
日本に帰ってきて気がついたのは、
日本は海に囲まれた、地上の国境線のない、世界でも数少ない国だということだった。
「まわり中が海だということは、本当に安全なのだろうか」という素朴な疑問も湧いてきた。
でも、クラスの誰かとそういう話をできるような雰囲気ではなかった。私には、みんなが
『平和で豊かな日本』がまるで空気のようで、意識することが全くないように感じられた。



英語も日本語も中途半端で、抽象的な言葉の語彙があまりなく、
思っていることをうまく表現できずにひどく苛立つことも多かった。
英語どころか、母国語であるはずの日本語も自由に使えず、
言葉そのものを失いそうな、足元から這い上がってくるような恐怖感に襲われていた。
とにかく日本人として生きていくしかないのだ、と私は自分に言い聞かせていた。



日本に帰ってから、私の中には、周りの人達に合わせて無難に過ごそうとする自分と、
周りの意見に違和感を持つ別の自分が常に存在してきた。本当に思っていることや、
感じていることをそのまま言ってしまうのはとても危険なことに思えていた。
私の前には、他の人には見えない「日本の常識」という壁があって、それに逆らうと、
あらゆる反感やいじめや無視が降り注ぐような気がした。
その壁に立ち向かうには自分はあまりにもちっぽけな弱い存在で、孤立無援だとも感じていた。
それはほとんど恐怖といっていい感覚だった。



その頃、新型コロナウイルスの流行が長引くにつれて、
コロナ後遺症が話題になることが多くなり、ある新聞の記事が目に入りました。
そこには、コロナ後遺症患者の疲労の特徴的な症状「クラッシュ」のことが書かれていました。
それは私が長年苦しんできた、慢性的な疲労と筋力の低下の症状に驚くほど似ていました。
普段は何とか日常生活が送れていても、一旦「クラッシュ」が起こると、数日から数週間、
時には1年以上も重い疲労が回復せず、普通の生活が困難になるという症状です。
発症のメカニズムも治療法もまだよく分からない、
「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」という病気だということでした。
原因は新型コロナウイルスに限らず、色々なウイルス感染により免疫の機能に異常が起こるせいでは
ないかとわかってきたようですが、まだ医師の間でも知る人の少ない病気です。
私はこの記事がきっかけとなり、専門病院で診察を受けることができました。
インドから帰国する少し前に、正体の分からないウイルスに感染してから50年以上経って、
初めて体の病気だと診断されました。



体も心も弱って生きる気力が無くなりそうな時、
何とか乗り越えられたのは、インドでの記憶が蘇ってきたからです。
過酷な気候や貧しさの中で多くの人々が必死に生きようとしている姿や、
素晴らしい自然や文化に接した時の楽しい思い出が、私に生きる勇気を与えてくれました。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



柴山留美子著 “新装版 ニューデリー少女記”




2008年に、留美子さんのエコハウスにお邪魔したときのレポは、
こちらから、、、







 

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