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2021年8月 3日 (火)

中野信子著 ”ペルソナ―脳に潜む闇” ☆


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【発売1ヵ月で10万部突破!】

出版社内容情報
人間の不可解さを知りたいと思ったとき、私は「脳」研究を一生の仕事にすることに決めた
――人気脳科学者が初めて明かす特異な半生。

親との葛藤、少女時代の孤独、男社会の壁…
人間の本質を優しく見つめ続ける脳科学者が、激しく綴った思考の遍歴。



大好きな中野信子さんが綴った自伝的半生。
オードリー・タン氏の本 を読んだときと同じく、
図抜けた知性、才能の持ち主が抱く孤独と葛藤、、、
常人には預かり知れぬ世界を垣間見ることができました。

サナギのこと、メンサのこと、巡り合えた稀有なパートナーのことなど、
以下に、心に残った一文を感動のままに、長々と転記します、








セクハラなんて腐るほどあった

大学院でも優秀な女性研究者がどれだけ論文を書いても、必ず下に見られるか無意識に無視される。
「ピーターラビット」を著したビクトリアス・ポターは
地衣類が菌類と藻類の共生であることを突き止めて、リンネ学会で発表したが黙殺された。
優れた業績であり、彼女が男であったなら認められたはずの論文だったが・・・。
100年後、リンネ学会は性差別があったと公式に謝罪した。

21世紀の現代ですらあの人は女を捨てているよねとか、あの教授とどこそこで夜一緒にいるところを
見たとか、高い下駄履かされやがってとか言われるのを見て、心底うんざりした。
実力があっても、成果をあげても、じゃあ子供は産んだのか、だったり、旦那さんはどんな人?なんて
言うことを聞かれる。男性研究者がそんなことを言われるだろうか?

 

 

攻撃されるのは自分が弱いからだとか、自分が空気が読めないからだとか、自分の能力が足りないから
だとか、いろいろ理由をつけて攻撃される自分が悪いのだと、そんな風に思い込んでいる人が
多いのだが、そんなことは誰かが誰かを攻撃していい理由には全くならない。
「自分」を「第三者」とか「誰か」に置き換えてみれば自明だろう。
弱いからあいつは殴られても当然だ、などという人がいたら明らかに殴る側の方がおかしい。
攻撃されるのは自分の能力とか性格とかそういったものとは無関係で、
ただただ誰かを攻撃したい、ちょっとおかしな人が存在しているだけだ。
そして、あなたはどこにも悪いところはなく、ただかわし方を知らないだけなのだ。

 



あるべき姿ではない、というだけでいかがなものか、といつまでも言いたがっている
正義中毒者たちにとっては、いかにもおあつらえ向きのおいしい獲物になってしまう。
格好の娯楽の対象になってしまうわけだ。誰かが何かをやらかすことをいつも心待ちにしていて、
そういう人が出てくると23ヶ月はそのネタを心ゆくまで愉しもうとする。
あなた方はもしや アマゾンの飢えた肉食魚なのではあるまいか。

 

 

メンサのこと、コスパの良いラベルとして
メンサとは高い知能指数(IQ)を持つ人々が交流する非営利団体で、
全世界で13万人、日本でも4700人ほどの会員がいると言われている。正規分布を仮定すれば
人口の約2%がメンサに該当する水準の知能指数の持ち主であるという計算になる。
が、正直これは大した数字ではなくて、50人のクラスに一人いるくらいの割合だ。

どんな人がいるのか最初は楽しみで何度か会合にも参加した。
が、そのうち面倒になって行かなくなってしまった。知的な話をすると言うなら
東大時代の知己を掘り起こしていく方が効率が良いことに、次第に気づいてしまったからだ。
彼らに比べるとパズルを解くのが得意なだけという性質のメンサ会員たちも少なからずいて、いささか
見劣りがしたし、打てば響く答えが返ってくる人というのはいないというわけではなかったけれど、
想像していたよりずっと少なかったように思う。

どちらかといえば、現実に不満を抱えていて、その不満を解消し、自分の承認欲求を満たすために
メンサという肩書きが必要で、それでメンサに入ったのだろうな・・・と思われる人が、
相当の割合で入会しているような感じがした。
あくまで主観であるので、もっと楽しめる人は楽しいかもしれない。今思えば、
誰かに刺激を期待した私の方が間違っていたのだ。メンサ会員の全員がとは言わないけれど、
受験戦争や実社会で苦労して努力したり勉強したりすることが嫌で、それが不可能だからこそコスパの
良いラベルとしてメンサというカードを切れるようにしておく、ということのためにこの会に
入っている人もそれなりの割合でいて、その人たちの標的に私はなってしまったのだろう。

ここにいさえすれば承認欲求は満たされる。
せっかくのその心地よいぬるま湯の中に自分の知らない知識を持った好奇心旺盛な人物が
入ってきたら、全てが台無しになってしまうということだったのかもしれない。



夫はとにかく普通ではない。
本人としてはごく普通にしているつもりなのになぜかおかしみが滲み出てしまう。

詩的に書こうと思えばいくらでも書ける。どことなく半透明な感じがする。
虚数空間に住んでいるとでも言ったような、時空を超越しているようなところがある。
決して技巧が卓越しているわけではないのだが、楽器からいい音を出す。
近くにいると充電されていくような安心感がある。言っていることは論理的とは言えないが、
レトリックを使うのがうまく人を煙に巻いて雰囲気を和らげてしまう。人をバカにしたり、
押しのけたりするようなことはなく、とてもやさしい。


息をするのが苦しい。夜中に目が覚めてしまう。原因の分からない不安と恐怖。
鬱かなぁと、理性的に判断する私を押しのけて、どす黒いシミが広がっていき、
ついには私の全体を放ってしまう。飲み込まれた私は部屋から一歩も出られない。


自殺
誰もが好きになる先輩の死
明るくて正しいメッセージを発し続けているとかえって闇が深くなることがある。自分が満たされて
いないのは、自分がおかしいのだ。ポジティブになれないのは、自分に良くないところがあるせいだ。
そうやって自分を密かに責め始めて、止められなくなるのである。こういう人は外側に向けては努めて
明るいメッセージを発し続けているから、外側から闇を見つけて介入することは、ほとんど不可能だ。
そして一人で丸抱え込んである気づかないうちに溺れていくのだ。
そうやって死んでいった人が過去どれほどいたことだろう。


例えばボードん大学の心理学者バーバラ・ヘルドは丸前向きな姿勢を強要されることによって、
心理的な回復を妨げてしまうと警鐘を鳴らす。落ち込んでいること自体が落伍者である証拠のように
受け止められ、苦しい時でも笑うことができない者はダメな人間だ、
楽観的になれない者は劣った人間だというメッセージを暗に与えてしまうからだ。
にわかには回復が難しい深い悲しみの中にあっても、乗り越えられないあなたが悪い、と
突き放してしまうような明るい高慢さが眩しく輝いていたとしたら、誰かに助けを求めようとする
まともな判断さえも、糾弾の対象になってしまう。苦しんでいる人は自分の抱えている闇の重さに
ますます後ろめたさを覚えて誰にもその苦しさを吐露することができず、
人知れず静かに暗い海の底に沈んでいく。


頭痛
足音すら頭に響いてくる。
私の人生の80%は頭痛でできている。というのはやや言い過ぎかもしれないが、
うんざりするほど頻度が高いのは確かで、一番ひどかったのは中学生の頃だった。

発作が起きてしまうとちょっと話しかけられても痛みが増すから、誰とも近づきたくなくなる。
光に感じるからカーテンをいきなり開けられるのも辛い。ひどい時には足音すら頭に響いて涙が出て
くるような有様で、あまりの痛さに、チョロチョロ動くなよ、と同級生を怒鳴りつけてしまったこと
すらある。どんな気難しく、付き合いにくい人間だと思われたことだろうか。





言ってみれば私の「優等生的な絵」は幼かった私が母に受け入れられようとするための、必死な心の
反映であったのかもしれない。どんなものを作ったらこの人は嫌なことを言わないでいてくれるのか?
否定され続けることは子供にとってはつらいものだ。


どうも自然にふるまってしまうとマッドサイエンティストのような扱いになってしまう。
このときも、いじめられるほど皆と近づくことがなかった。もしかしたらいじめのようなことも、
よく見ればあったのかもしれない、けれどあったとしても私は全く気づいていなかった。 




私は自分で思っているよりずっとストレスを感じやすいようで、心よりも先に体がやられてしまう。
例えば他者の間違い探しに夢中の人を見たりすると、不快な気分を自覚する前に発疹が出たり、発熱
して動けなくなってしまったりすることもある。そうして世界が遠く感じられ、虚ろな気持ちになる。

 

 



黒い笑いは必要かつ火急な物
明るくなければいけない、正しく、いつも穏やかで、微笑みを絶やさず、前向きでなければならない、
と呪いのように求められる世間の中にあって、シニカルで適度な毒を含んだクールな笑いが、
どれほど私たちを助けてくれることだろう。

薬もワクチンもない感染症のパンデミックと、自粛警察の厳しい監視の目の中で、もう少しのところで
閉塞感にやられそうになっているのを、黒い笑いは解放してくれるような気がする。

ああ、自分は誰かを嫌いになってもいいし、仕事に行きたくないと思ってもいい。
育ててくれた親は毒親だったと告発したっていいし、付き合った女はクソだったと
叫び散らしてもいいし、嫌な奴に向かって死ねばいいのにと毒づいてもいいのだ。
そうやって、間接的にホッとすることができる。息を吐くことができる。



私には、名前そのものというわけではないが、一定のイメージが固定することに対する忌避感がある。
固定されたイメージができてしまうと自由な発想や行動が制限されるように感じるからだ。
それでは、支配されているのと何ら変わらない。

読者の皆さんもそうではないだろうか?自分がそう思われているそのイメージから逸脱する
だけで、「そんな人だとは思いませんでした」という言葉がぶつけられてくる。
「あなたのイメージ通りの人間です」などと1度も宣言したことはなく、そう思ってくれと暗示的に
求めたこともないのに、相手は勝手に思い込んで、裏切られたと恨み節を口にするのである。
こうして、多くの人は他者の期待するイメージに絡め取られ、取り得る選択肢は、知らず知らずの
うちに限定されていく。あなたも「それらしく」振る舞うようになってしまっているはずだ。










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