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2021年6月14日 (月)

”五輪はどこへ 中途半端な国 日本 ≪社会学者・佐藤俊樹さん≫”


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6/12、朝日新聞より、社会学者・佐藤俊樹さんのインタビューを、以下に一部を転記します


「日本社会は『撤退戦』がとても苦手です。
日中戦争や第二次世界対戦もそうです。
撤退や方向転換した方が良い状況になっても、止められずに損害を出し続ける。
何かをやる時には損得勘定をきちんとした上で、
『どういう状況になったらやめるか』を明確にする必要があります。
でも、『そういうことをちゃんと考えていますか?』と聞くと後ろ向きな消極派呼ばわりされます」

「ひとつは、日本の公共部門の小ささでしょう。
迅速にデータを分析し、政策に反映するという作業をする体制は弱体化しています」
「もう一つは政治家が『やるべきこと』の変化に対応できていないからだと思います。
長い間、政治はパフォーマンスが重要で、有権者もそれに反応してきました。
『政治ショー』が通用したのは、政治がどうあれ、
社会の一定の秩序や豊かさが維持される前提があったからです。
だから政治家も本当に『命に関わる重大な決定』をやらずに済んできた。
ところが新型コロナによって、政治家の決定は、生活や命に直結するものになった。
でも与野党ともにそういう経験がなく、従来の『政治ショー』のスタイルを辞められないようです。
東日本大震災でも、当時の民主党政権は党内の政争に明け暮れ、有権者の怒りを買いました」


科学生かせぬ政府、開催リスク示さず、感情的な反対呼ぶ

「問題の深刻さを共有しているように見えないことが、不信感の大きな要因でしょう。
いまの日本にとって五輪開催と新型コロナ対策はそれぞれ、
国の総力を挙げて取り組むしかない大きな課題です。
両方やろうとすれば『二兎を追う』にことになる。だから当然政府や自民党が
『開催』にこだわればこだわるほど、感染対策に本気で取り組んでいないように見えます。
そもそも、いまの日本には、二兎を追うことは難しい」



もう大国ではない、コロナも五輪も二兎を追えぬ現実、とは、、、





 

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「日本はもはや、大国ではありません。
高度成長期であれば、もしかしたら二兎追うことも可能だったかもしれません。
でも、少子高齢化が進み、公務員の数を欧米よりも抑え、増税にも踏み切れない。
お金も人も、余裕はないのです。その現実を、正面から受け止めなければなりません」


「それは政治のせいだけではなく、有権者の選択でもありました。
元々日本は公共部門の小さい国だったのに、
ちゃんと数値も見ずに『無駄を追求する』と言ってさらに縮小させた。
公立病院は2019年までの10年間で74も減り、明らかにコロナに影響しています。
民間病院に公立病院並みのコロナ治療やれというのが本末転倒で、
まず『公立減らしは誤りだった』と認めるべきでしょう。
『減量策』自体を否定しているわけではありませんが、選んだのだから結果も自己責任。
二兎を追うことは、最初から諦めるべきだったんです」


物価水準を考慮した購買力平価での一人当たり GDP で見ると、日本は昨年30位です。
もちろんこの順位がすべてではありませんが、
他の指標を見ずに「経済大国でしょう」と信じて疑わないのは現実逃避です。


私は今でも多くの人が五輪に夢を見ていると思っています。大国だった時代を懐かしみ、
五輪が再び大国の強さを取り戻してくれるというファンタジーを抱いている。
「大国を夢見る」のは、大国ではない証拠なのですが

 

コロナ渦のこの1年間で、現実を見ないわけにはいかなくなったのだと思います。
ワクチン自体は早期に確保できたのに、摂取の態勢の準備なし。
IOC からは、日本をバカにするかのような発言が続きます。
薄ぼんやりとは、認識せざるを得ないでしょう。


でも大国ではありませんが、小国でもありません。
状況の変化を敏感に察知して素早く方向転換する小回りの良さも出せずに、
なし崩しで五輪開催へ向かいつつある。このままでは開催されても、
大会自体の失敗とも成功とも言えず、結局全てが中途半端に終わるのではないでしょうか。
誰の功績にもならず、誰も責任を取らない形で。
そんな中途半端な日本の姿が、今回の五輪には映し出されているような気がします。


―――開催すれば盛り上がり、幸運にも感染が拡大しないかもしれません。その時には、
   今「中止した方がいい」と思っている人達が、誤った判断をしていることになるのでしょうか。


そんな風に捉える必要はありません、今回は、政治が「開催」以外の選択肢を示さなかったから、
「中止」の選択肢を世論の側が提示せざるを得なかった。
中止を求める声がここまで大きくならなければ
菅首相は「五輪より国民の命」とは言わなかったでしょうし、
来日する IOC や海外メディアの関係者への厳しい規制も検討されなかったでしょう。
終わってみて感染拡大が起きなかったら、
堂々と胸を張って「自分たちが中止を主張したおかげだ」と考えればいい。
むしろ、開催が決まってもどんどん、「あそこが足りない」と言うべきです。

上記 : 出典

 

                    写真は、2020年6月 あじさい寺、浄慶寺 にて、、、

 

 

 

 

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

きぬえさん
こんにちは。撤退戦、苦手ですよね。毎日新聞でしばらくPTA会長をされた政治学者の方のインタビューが連載されてました。
PTAという組織でさえ、前例をやめることが難しかったそうです。これ、必要ないと思うんだけど、と思っても言いだして責任を負わされるのがみんな嫌で、前例を踏襲するから仕事が増えると。
これは今オリンピックをやめられない事と、インパール作戦をやめられなかったことと一緒だと書かれてました。
おかしいと思ったら、小さいことでも声を上げることが大切なんだと思いました。言い方を考えて、相手が納得するように、気を付けながら3年にわたって仕事を減らしていったと書かれていました。その時のつながりは財産だそうです。
変えることは時間もエネルギーも必要なのですよね。小さなことでも・・・・。
オリンピックのように大がかりだとなおさらで、それでも諦めずに最後まで声を上げることが大事なんだときぬえさんのブログを拝見して思いました。

★もずさん、
インパール作戦の二の舞にならないことだけを、ひたすら祈っています、、、

先日のクロ現で、mRNAワクチンの開発者、カラコ博士が、上司に言われた言葉、
”どうにもできないことに時間を費やすのではなく自分が変えられることに集中しなさい”
この一言に、うたれました、、、

無力な私に、何かを変えることなぞ、とてもできないのですが、
今の自分にできること、
今晩のおかずを一生懸命作って、おいしいご飯を食べること、
どんな小さなことでも楽しみを見つけて、自分を喜ばせること、、、
そんなことに集中するようにしています、、、(^_-)-☆、(*^。^*)、(●^o^●)

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