介護の日々に、、、
®2017年3月にアップしたリユース記事です、
コロナ禍の中、孤独な介護の日々を送っていらっしゃる方に、拙い介護日記を、、、
認知症の母を看ていたあの頃は、
まだ、痴ほう症という呼称が一般的でした、、、
2007年に、亡くなった母は、、、
亡くなった母は養女でした。
祖母が寝たきりになった、そのときの母の献身的な介護は、
血なんか関係ないんだということを、この私に、身を持って教えてくれました。
亡き父に代わって店を切り盛りしながら、頭痛薬を飲みながら、家のこと、祖母の介護。
モデルの仕事に休みを入れて、祖母の介護を引き受けたのは、
そんな、母の背中を見ていたから、です、、、
祖母の介護をしていたある日、
お昼ごはんを食べている時、隣室で寝たきりの祖母から、あの臭いがしてきました、、、
祖母もかわいそうだし、自分だってもう食べていられないし、
お箸をおいて、いつもの処置をしていた時、
自分が食事中だったこともあったのでしょう、思わず、もどしてしまったのです、、、
そんな時、ピンポ~ンと学生時代の友人Yが訪ねてきて、涙目の私を見て、
「どうしたの?」
「今ね、おばあちゃんのおむつを替えていたら、臭いで思わずもどしちゃったの・・・」
「え!?、、、おばあさまが、お気の毒、かわいそう、、、
自分と血のつながったおばあさまでしょう?、
それなのに?、信じられない、きぬえって、冷たいのね、残酷な人、、、」
そう言って、帰っていきました。
・・・祖母と母が血が繋がってないンですから、
祖母とわたしも、血はつながってない、ンですけどね、、、
そんなこと、ゼンゼン、関係ない、ンですけどね、、、
何も言えず、言い返す言葉すら思いつかなかったわたしでしたが、
このときに、しっかりと胸に刻んだことがあります。
それは、介護のことにしろ、なんにしろ、
経験のない人、現場を知らない人に、余計なことは決して言わない、ということです。
所詮、わかってもらえない、
無駄なことに、時間も、エネルギーも使わない、ことにした、のです、、、
でも、もし、母の介護のことを、聞かれれば、少しだけ、話します。
そして、それが、もしいつか、自分の身に起こったらと想像しながら聞いているお方なら、
わたしは、どんどん、話します。
つらく、くるしい、地の底を這うような日々でしたが、
そこで、学んだこともたくさんあります。
教えてもらった知恵も、たくさん、あります。
それが、どなたかのお役にたつなら、喜んで、いくらでもお話し、します。
ですが、、、
ですが、
相手を選びます。
今は“認知症”というと、侮辱だと怒るお方がいらっしゃいますが、
あのころは、“痴ほう症”でした、、、
「父が癌で、余命半年と言われたの」と、涙をためていらっしゃるお方を、
人に言える病で、うらやましいとさえ思いました、、、
認知症の母を抱えていて、できないことがたくさんありましたが、
例えば少年野球のお茶当番など、子どもがらみだと、どうしても、母のことを正直に打ち明けて、
どなたかのお力を借りなくてはなりませんでした、、、そんなとき、、、
「親が痴ほう症だと、ひとに話すなんて、恥知らずの恩知らずだ」、と、
つるしあげられたこともありました。
介護のストレスから、喘息になって、息ができなくなって、どうにもならなくなり、
母を施設に入れたとき、
「親を姥捨て山に捨てるとは、なんという親不孝者なのか、」と、責められたこともあります。
現場を知らない、想像力の無い人に、いくら話しても、無駄です。
判らない人に、なんとか判ってもらおうと、時間とエネルギーを使うくらいなら、
母のために、使います。
そういう人たちに、なんと言われようと、思われようと、痛くもカユクもありませんから~♪
中年になってすっかり気力体力とも衰え、未知の悪路を手探りで進む、崖っぷちの私に、
残されたエネルギーは、そんなに、多くは無い、のです、、、
少ないエネルギーで、優先順序をつけて、効率を考えながら、着実に、、、
そのためにも、
身近で介護経験者のお二人を見つけて、事あるごとに、そのお二人に相談致しました。
戴いたアドバイスは、わが家の状況と照らし合わせて取捨選択します。
そのおひとりは、わたしの窮状に、
「早く、施設を見つけて、早くお母さまを入れなさい」、と言って下さいました。
彼女は、介護の本も出していらっしゃり、
その御本で、彼女がぎりぎりまで、頑張っていらしたことを読み知っておりましたので、
もう少し、もう少しだけ、がんばります、、、と申し上げておりました。
経験したことのあるお方は、手を汚したお方は、その労苦がわかるお方、なのです、、、
・・・手を汚したことのない人には、まったくわからない世界、なのです、、、
介護の掲示板も、よくのぞきました。
完全なROM、でしたが、そこでも様々な知恵を教わりました。
世の中には、
ご自分の赤ちゃんとお母上の二人のおむつを替えていらっしゃるお方もいらしたりして、
そういうお方が、泣き言を言いながらも、
明日も、また、がんばると書いていらっしゃるのを拝読して、
なんで、わたしだけが、と、いじけて傷つき、悲嘆にくれておりましたが、
自分なんか、まだまだ恵まれてる、と、励まされました、、、
そうして、母に、わたしに、わが家に合う解決方法を手探りで少しずつ探しました。
これから、少しずつ、そのとき身につけた知恵をこのブログでお話ししていこうと思います、、、
・介護の日々に②、幻覚の巻は、こちらから、、、
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きぬえさん
おはようございます。
昨夜のプロフェッショナルで横浜の在宅診療の先生が取り上げられていて、
色んなことを考えたり思い出したりしました。ナレーションが(看取る)「家族にとっては何もかも初めてのことだ」と入ってましたが、つい先日も夫がミキサー食について「やってみないとわからないことばっかりだったね」と言っていたことを思い出しました。
2007年は私にとっては母の介護が始まった年です。きぬえさんと入れ替わりだったのだなと終わった今感慨深いです。
私も母に手をかけそうな瞬間が何度もありました。自信をもって言えるのですが、手をかけなかったのは本当にたまたまです。そこに実感が持てたのが振り返ると一番大きいことかなと思っています。
昨年、アトゥールガワンデの「死すべき定め」を読みました。途中で興奮して何度も「そうだそうだ。」と叫びそうになりました。父のマンションを決めるにあたって一番参考になった本でした。
お母様を見送られて、時間が経過されたきぬえさんのお話は経験の深さと客観的な視点がおありだから、いろんな方の参考になられると思います。そしてたくさんの方が励まされると思います。
投稿: もず | 2017年3月 7日 (火) 09:04
こんばわー😊私も五年ほど前に実母を看取りました。介護は短い期間でしたが(3年間)
仕事との両立で…。睡眠時間3〜4時間で、周りの友達には介護の経験者も居なくって…、
姉妹も居ず…、誰にも相談出来ず…最後の方はズタズタで、正直母の最後を願う日もありました。
そして、亡くしてからは重い後悔の日が続いて(今も未だ心の重りとしてありますが)
私が母を殺した❗️と思う日もあり…苦しかったです。
五年経った今、想うのは「介護して良かった」です。介護を通して沢山勉強させられ、
沢山の事を死んでいく母に教えて貰いました。
あの頃先の見えない、1人もがきながら辛い中で、いつも「大変と思うと大変❗️この位と思うとこの位❗️」と
自分に言い聞かせ頑張ってました。
きぬえさんBlogで、今介護で悩んでらっしゃる方々に元気が届きますようにm(_ _)m
投稿: 田村信子 | 2017年3月 8日 (水) 00:21
「家族にとっては何もかも初めてのことだ」、ほんとうにおっしゃる通りなんです、、、
そして、、、
“私も母に手をかけそうな瞬間が何度もありました。
自信をもって言えるのですが、手をかけなかったのは本当にたまたま”
というのも、まさにまさに、、、
ぎりぎりのところで、孤独な戦いを強いられている人がどんなにたくさんいらっしゃることか、、、
10年経って、あの日々を、ようやく少し書いてみようと思い始めました、が、
もちろん、とてもとても、世間様に晒し出せないようなこともたくさんありますので、
すこしだけ、すこしずつ、、、
もずさん、これからも、どうぞよろしくお願い致します、m(__)m
投稿: きぬえ | 2017年3月 8日 (水) 09:08
信子さんも、同志でいらっしゃいましたか!
先の見えない不安、苛立ち、絶望と過労、、、
その三年間は、どんなにか、長かったことでしょう、、、
「大変と思うと大変、、、」、この一言を励みになさっていらしたのですね、、、
ほんとうによく頑張りぬかれました!、
おつかれさまでした、、、
これから、少しずつ、あの日のことをブログに書いていくつもりですので、
信子さんも、もしよかったら、コメント欄から、お知恵をどうかよろしくお貸しくださいますように、、、
投稿: きぬえ | 2017年3月 8日 (水) 09:19
その頃のきぬえさんのそばにいることができたなら…そばにいたかったなと思いました。
私はもう長いこと介護の仕事をさせて頂いています。長く続けるうちに排泄の介助をした後に…例えが悪いですが…インドの代表的な食べ物…を食べても何も感じないようになり、そういう感覚は麻痺しているように思いますが、それでも時々嘔吐しそうな瞬間はあります。
私は仕事として関わっているので、自分の手を汚した人には入らないと思いますが、要介護者もその家族も、職員も外野の方々も、世の中には本当に色々な人がいるんだなぁと日々感じています。
私なんかにはなんにも出来ないのだけれど、ただ、その頃のきぬえさんに「大丈夫だよ」と言って、そばにいてあげたかったなぁと思いました。…何が大丈夫なんだか自分でも説明できませんが…
なんだか支離滅裂でごめんなさい。
きぬえさんが頑張っていたのだという事が文面からすごく伝わってきて、つい、訳のわからないコメントしてしまいました。すみません。
投稿: おでこ | 2017年3月12日 (日) 22:57
お仕事として関わっていらしたのですか、、、
それは、もう、私などとは比べものにならないくらいの大変さだと思います。
>要介護者もその家族も、職員も外野の方々も、世の中には本当に色々な人がいるんだなぁと日々感じています。
これから、少しずつ、私の経験したことをこのブログにアップして行こうと思っております、ので、
ぜひ、おでこさんのお知恵を、コメント欄からもでお寄せいただけたらとてもうれしいです。
どうぞよろしくお願い致します、m(__)m
投稿: きぬえ | 2017年3月13日 (月) 08:55
きぬえさん
改めて、介護のことを考えさせられました。
私が遠距離介護真っ最中の時、いつも話を聞いてくれた、マンションの友人が今老犬介護です。
彼女は42歳で男の子を生みました。彼が今5歳です。
ワンちゃんはレトリバーで15歳で、口の癌で、このまま癌が大きくなると窒息や餓死の可能性もあり
苦しむ場合は安楽死も視野に入っていると聞き愕然としました。
私は犬のことはわからないし、見送った後の感情もおそらく本当には理解できないと思いますが、
それは犬友さんたちがいるし、私はおかずのおすそ分けをしたり、お手伝いをしてもらうという名目で
お母さんの気持ちがワンちゃんに向いて、寂しい子供と遊んだりしています。
私にできるのはそれくらいしかないから。彼女も今から色々な決断を迫られるのだなと祈るように
見ています。どういう決断をしても、それが正しいんだと伝えました。
きぬえさんのブログで教えて頂いたしらたき、お母さんも男の子も大好きなのでよく作って、喜ばれています。ありがとうございます。
投稿: もず | 2020年8月28日 (金) 19:08
★もずさん、
口のきけない死の淵にいるワンちゃんを看取るのもまた、つらいつらいことです、、、
回復の見込みがなく、ただ、苦しんでいるだけの愛犬の安楽死を望まれるお気持ち、私も、わかりすぎるほど、わかります、、、
したらきが、そんなお方に喜んでいただいているとは、、、
もずさん、こちらこそ、ほんとうにありがとうございます、(^-^)
投稿: きぬえ | 2020年8月29日 (土) 09:24