曽野綾子著 ”夫の後始末” ☆
『内容紹介
夫・三浦朱門はある日、崩れるように倒れた。短い検査入院の間に、
私は日々刻々と夫の精神活動が衰えるのを感じた。その時から、一応覚悟を決めたのである。
夫にはできれば死ぬまで自宅で普通の暮らしをしてもらう。そのために私が介護人になる――。』
尊敬して止まない著者の介護の日々は、、、
流石、、、の、ひとことにつきます、、、
介護人になるのは、、、私の夫かもしれません、、、
人生、なんでも、有り、、、
少しずつ、ひとつずつ、経験値を蓄えていきます、、、
★★★★☆
以下に、心に残った一文を転記します、
理想の生活などこの世にあるはずがない、というのが、昔からの私の実感であった。
その頃私は初めて、いささか不法な現状と闘うには、
知恵と柔軟性と、世間の常識を一切気にしないというやり方しかないということを発見したのだと思う。
世間の評判などなにほどのこともない。手の抜き方もお金の使い方も、「我が家風」でいいのである。
「そりゃ、運(うん)、鈍(どん)、根(根)さ」
作家修行だけではない。どんな道もまさにその通りなのである。
私はその世界を自分で切ったのである。私は昔から思い切りのいい性格だと言われることはあった。
すべてことは過ぎ去るのだ、と聖書も書いている。変化のない人生はない。
時々の変化を自然にというより仕方なく受け入れるのが、人並みな生活の送り方だろう。
こういうことを読むと、誰か一人くらいは、私に「もっと優しくしなさい」というような
悔悟を促す投書を賜る方もあるかもしれない。
しかしそういう手紙の書き手は、多分、自分が責任を持って誰かの介護などしていない人だろう。
口を出すのは、決まって、何もしていない、「外の人」なのだと最近の世間は知っている。
私は一人っ子なので経験はないのだが、老父母を引き取って見ている人の体験によると、
たまに見舞いにやってきて親の扱いにあれこれ文句を言うのは、
決まって親の世話を引き受けていない姉妹兄弟の誰かなのだという。
死ぬという一線を超えるまでには、恐らく長い経過がいる。
人間、なかなか死ねるものでない、ということが、実はこの経過で最も長く続く関門であり、
その途中に、一人で食べ物の用意ができなくなるとか、飲み水を取りに行けなくなるとか、
体力を失ってトイレまで辿りつけなくなる、とかいう中途半端な苦痛が押し寄せるのである。
「奉仕」とは、排泄物を世話すること
奉仕というのは他人に対する行為だが、家族に関して言えば、「看病」つまり看取りだ。
その看取りの基本は、排泄物の世話なのである。
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若い時ではなく この年になって読むと 非常に重い内容だと思いますが、
だからこそ 今、読んでおきたい本のように思います。
いつも素敵な本をご紹介くださり ありがとうございます。
投稿: shinmama | 2019年2月26日 (火) 17:29
覚悟のあるなしが、、、分かれ目だと思います。
いろいろなことを教えてくれる、素晴らしい一冊です。
読書感想の記事が溜まっていて、、、
shinmamaさんに教えて戴いた、「旅をする木」の感想文もまだ、アップできませんが、
素敵な御本に、心洗われる思いでした、、、
それから、「どんまい」も良かったです、、、
野球には興味がないのですが、じつは、広島カープのファンの私の心を射抜かれました、、、
投稿: きぬえ | 2019年2月26日 (火) 19:44