ノーベル賞の英知 貧困撲滅へ国境を超える
11月12日、朝日新聞 ザ・コラムより 上田俊英
ノーベル賞はしばしば時代への強いメッセージを発する。
「世界で最も権威ある賞」という地位が100年以上にわたって揺らがないのも、そのためだろう。
賞を選ぶ人たちの関心はいま「貧困」にあるようだ。
先月5日の医学生理学賞の発表。スウェーデンのカロリンスカ医科大は受賞者の業績をこうたたえた。
「寄生虫が引き起こす病気は、世界で最も貧しい人びとがより健康で幸福な暮らしを手に入れるうえで、
巨大な障壁となっている。こうした悲惨な病気の治療に革命を起こし、発展させた」
賛辞を贈られたのは、北里大特別栄誉教授の大村智氏、
米ドリュー大名誉研究フェローのウィリアム・キャンベル氏と、
中国中医科学院の屠ユーユー(トゥーユーユー)氏。
大村さんとキャンベルさんは熱帯病の「河川盲目症」や「リンパ系フィラリア症」に効く薬を、
屠さんはマラリアの治療薬を開発した。
寄生虫による病気はアフリカ、南アジア、中南米で猛威をふるう。
なかでもマラリアは、同医科大によると34億人を超える「世界で最も弱い人びと」が
感染の脅威にさらされ、毎年45万人以上が命を落とす。
同医科大教授のハンス・フォルスベリ氏は記者会見で強調した。
「(こうした薬によって)子どもたちは学校に、ほかの人びとは仕事に行けるようになった。
彼らが貧困から抜け出す力になり、地域社会の経済成長に貢献した」
人にとってなにより大切なのは命と健康だ。地域社会の発展も、その礎のうえに築かれる。
3人の受賞者がもたらしたのは、貧困から抜け出すための薬でもある。
◇
1週間後、経済学賞の発表があった。受賞者は米プリンストン大教授のアンガス・ディートン氏。
業績は「消費、貧困、幸福についての分析」。再び「貧困」である。
スウェーデン王立科学アカデミーは授賞理由をこう述べた。
豊かさを育み、貧困を減らす経済政策の立案には、
まず個人の消費行動を理解する必要がある。ディートン氏はだれよりも、その理解を深めた」
振り返れば、昨年のノーベル賞も貧困と深くかかわっていた。
物理学賞を受けた青色LED(発光ダイオード)の開発。
日本の3人の研究者が成し遂げたこの成果は、わずかな電気であかりをともすLED照明を生んだ。
同じ電力で、明るさは理論上は白熱電球の約20倍。市販品でもすでに6倍を超す。
「LED照明は電気が通じない地域で暮らす世界の15億人以上の人びとにとって、
生活の質を向上させるための大いなる希望だ」と、同アカデミーは説明した。
電気は近代化を象徴するエネルギーだ。私たちのまわりには、あかりがあふれている。
そんな近代化から取り残された人びとに希望の灯をともす。
青色LEDも「世界で最も貧しい人びと」を救う道を開いた。
◇
貧困は世界的な大問題だ。人の暮らしや命を脅かし、紛争や戦争を引き起こしたりもする。
中東から大量の難民が欧州に流入している事態の底にも、貧困が横たわる。
ノーベル賞を創設したスウェーデンの実業家アルフレッド・ノーベル(1833~96)は遺言に
「人類に最大の恩恵をもたらした」人物に賞を贈ると記した。
貧困撲滅への貢献がいま、その遺志にこたえるものだということだろう。
ノーベルはまた、遺書に「私がとくに強く望むこと」として、次のように記した。
「賞を授けるにあたって、国籍はいっさい考慮してはならない。
スカンディナビア人であろうがなかろうが、最も賞に値する人物が受けなければならない」
難民の行く手を阻む国境も、英知ならば容易に超えられる。
そのことをノーベルは知っていたに違いない。国境を超越した世界に、彼自身が生きたからである。
幼くして家族とロシアに渡ったノーベルは、その地で教育を受ける。
その後、ダイナマイトを発明。
フランス、イタリア、ドイツなど20を超える国々で事業をすすめ、巨万の富を築いた。
国境や国籍を超えて英知をたたえ、世界に平和をもたらす。
ノーベルが賞創設にかけた思いは確実に受け継がれている。
(編集委員)
出典
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